そよ風の吹く仏滅の午前にお酒を

知佳子と福岡のアバクロンビー&フィッチに行った。
私はAbercrombie & Fitchのシンプルなデザインが好き。
あと、お店の中の薄暗さと、香水の香りが。
2時間程ひやかして、店を出た。
すると、私は道をふさいでいたので、ごめんなさいと言い後ろを見た。
そういえば、店にいた男の人。
笑って、大丈夫ですよ、と言っていた。
ビックリしたのは、抱えているショップ袋。
アバクロンビーでどんだけ買ったの?って質問したくなった。
その後、スターバックスでチカコとその人の収入予測で議論をした。
アンサーは謎のままだけど。

具合悪そうに歌う弟と読みかけの本
夏期なので企画がすごく増え、近頃、夜半にも人の行き来、車の通行がとても多い。
へんぴな所の奥まった場所なので、いつもは、夜、人の往来も車の行き来もほぼないが、打ち上げ花火やとうろうなどがされていて、人の行き来や車の通りがたいそう多い。
日ごろの静寂な夜更けが妨害されてちょっとうるさいことが残念だが、いつもは、元気がわずかな田舎が活気がでているように見えるのもまあいいのではないか。
近くは、街灯も無く、小暗いのだが、人の往来、車の通りがあって、エネルギーがあると陽気に思える。

どしゃ降りの週末の夕暮れはお菓子作り

出身県が違うと食べるものや文化が変わることを妻と暮らしだしてからたいそう考えることになった。
ミックスジュース作ろうかと妻からふと言われ、コンビニででも買っていたのかなと考えたら、ミキサーで作るのが普通らしい。
缶詰のモモやら他とアイスを入れて、普通の牛乳をいれこんで家庭用のミキサーでシェイクして出来上がり。
家庭でつくったものをごくごくと飲んだのは初めてだけれど、しかし、非常に好きだった。
味わい深かったし、楽しみながら、自分でもやっている。

気持ち良さそうに跳ねる彼女と穴のあいた靴下
小さな時から、物語は嫌いじゃありませんでしたが、何気なく、親が買ってくる本や図書館にある本を読んでいました。
真剣に自分の意志でページをめくるようになったのは、高校3年生の時。
学校で、よしもとばななさんのムーンライトシャドウを読んでからです。
ストーリーは、付き合ったいる人を失った主役の、高校のときの思い出からの幕開けです。
恋人を亡くすなんて経験は当時もその後も、ありません。
しかし、高校時代の私に主人公の切ない気持ちが重なってきました。
複雑な感覚でした。
主役と、当時の私の年齢が近かった事、それもひとつの理由だと考えています。
帰り道に、文庫本を買ったのが文庫本を買った初めての体験です。
ムーンライトシャドウは、「キッチン」の中の一つのお話です。
ずいぶん前の作品ですが、ずっと輝き続ける素晴らしい作品かもしれません。

笑顔で大声を出すあなたと履きつぶした靴

アパレル店員さんって大変・・・と考えるのは私だけだろうか。
出勤の度に、職業柄しっかり着飾らないと店のイメージにつながる。
私なんて、出張で仕事する時はスーツを着ればOKだし、お化粧も簡単でそれでよし。
遊びに行くときは、自分で納得するファッションを纏えばいいし、在宅で何かをするときはスウェットでも大丈夫。
なので、おそらく、服を売るなんて商売には、向いていない。
ショップに入ると店員さんが近寄ってきて流行や合わせ方を語ってくれる。
毎回それに緊張してしまい、その場から逃げてしまうのだ。
こういった部分も、店員さんって務まらなさそうと思う大きな理由の一つだ。

息もつかさずお喋りする先生と観光地
いつかの夜、私は当時付き合っていた彼氏と、横浜のアパートから一般道を利用し、七里ガ浜に行った。
それは、お気に入りのデジタル一眼で海岸を撮影するためだったけれど、思うように映らない。
ビーチは久しぶりだったので、写真に飽きると靴を脱いで海の中に入りはじめた。
それにも飽きて、ビーチで小さな城を作ることをして遊びはじめた。
覚えている限りでは、それ位までは、確かに近くに置いていた白の一眼レフ。
じゅうぶん満喫して、帰宅の途中、GSで私の一眼がない事に気付いた。
あきらめて家まで帰るも、しばらく、すごく切なくなった記憶がある。
多くのメモリーが記憶されていたお気に入りの一眼レフ、現在はどこにあるんだろう?

蒸し暑い祝日の昼は食事を

私の息子がマルモダンスをまねしている。
教えてもいないのに、3歳なのに一生懸命まねしている。
映像の中でマルモダンスの音楽が流れると、録画した映像を見たがって泣いてしまう。
映像を見せると止まることなくずっと休むことなく見続けている。
母親からみて、映像を見ているよりも絵本を見たり、おもちゃで体を使って遊んだりしているのが好ましいのだけれど、忙しい時はテレビなどにたよってしまう。
少しでも、いっしょに遊んであげたり、絵本を読んであげたりしようと思う。
大きくなったら絶対に巣立っていくものだから、今だからこそいっしょに遊んでおくのも私たちの為でもあると思う。

ゆったりと熱弁するあの子とオレ
鹿児島に住んでみて、お墓にその日その日、生花をあげている人がわんさかいるということに驚いた。
お歳をめしたの女性は、毎日、霊前にお花をしていないと、近くの主婦の目が心配らしい。
連日、弔花をしているので、家計の中のお花代も非常に大変らしい。
連日、近隣の少しお歳の主婦の方はお墓に集まって生花をあげながら、会話もしていて、墓所のどよんとした雰囲気はなく、まるで、人が集う公園みたいにはなやかな雰囲気だ。

悲しそうに口笛を吹く姉妹と枯れた森

小説家、太宰治の斜陽、ファンの私は、三津浜の安田屋旅館に宿泊に行った。
共に本をよく読む友人。
ここ安田屋旅館は、彼がこの小説の一部を集中して書くために泊まった海が見える旅館。
一歩動くと、ギシッと、聞こえる。
宿泊のついでに見せてもらったのが、彼が宿泊した階段を上がってすぐの角部屋。
富士が半分、顔を見せていた。
すぐそこの海の中には生け簀があった。
この辺は足を運んだ甲斐がある。

どしゃ降りの仏滅の早朝は昔を懐かしむ
何でも一個の趣味を、ひたむきにコツコツ続けている人に尊敬する。
スキーだったり、ピアノだったり、どれだけ小さな習慣でも。
例年通り一回だけでも、あのメンバーと、あの旅館に滞在する!という習慣なども良いんじゃないかなと思う。
何でも地道に行うと絶対実用レベルまでたどり着くことがあるかもしれない。
思い返せば、小さなころにピアノと編み物を教わっていたが、もっと頑張ればよかったな。
このように思うのは、家ののはしっこににおかあさんに貰ったピアノが置かれているから。
今の自分は全然分からないピアノだが、そのうちもう一度弾きたいと考えている。

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